
本記事では、保険業界におけるAIの現状とその活用事例を詳しく解説し、AIがどのように業界に変革をもたらしているのかを紹介します。
住友生命や日本生命をはじめとする保険会社の事例を通じて、業務の自動化やリスク評価の向上、さらには新たな顧客体験の創造について具体的にご紹介します。
はじめに:保険業界が直面する課題

日本の保険業界は変革期を迎えています。 少子高齢化による市場縮小、デジタルネイティブ世代の台頭、そして新型コロナウイルス感染症を契機としたデジタルシフトの加速など、従来のビジネスモデルでは対応が難しい課題が山積しています。
特に深刻なのが、人手不足と業務効率化の問題です。保険業界は従来、多くの手作業による契約処理や保険金支払い審査を行ってきました。 しかし、労働人口の減少により、これまでと同じ業務プロセスを維持することは困難になってきています。また、顧客側のニーズも大きく変化し、24時間365日のサービス提供や、パーソナライズされた商品・サービスへの期待が高まっています。
こうした課題を解決するためのキーテクノロジーとして注目されているのが、AIです。 AIの導入により、業務の自動化・効率化だけでなく、新たな顧客体験の創出や、リスク評価の精緻化など、保険ビジネスの本質的な価値向上が期待されています。
1.保険会社におけるAI活用の現状

国内の主要保険会社は、ここ数年でAI活用を急速に拡大しています。 各社のプレスリリースや導入事例を分析すると、AI活用は大きく以下の3つの領域に分類できます。
(1)業務効率化・自動化
最も導入が進んでいるのが、社内業務の効率化・自動化です。特に、大量の書類処理や顧客対応など、これまで人手に頼っていた業務へのAI導入が進んでいます。
例えば、住友生命保険は2023年7月に業務効率化を目的とし、「Sumisei AI Chat Assistant」の運用を開始しました。
また、明治安田生命は2024年1月、ELYZAおよびカラクリと連携し、生成AIを活用した社内業務の効率化・高度化を開始しました。具体的には、 コミュニケーションセンターにおける応対メモの自動作成と社内照会Q&Aの自動作成です。特に応対メモ作成時間を約30%削減しました。
東京海上日動火災保険では、保険金支払業務にAIを活用し、AI が保険金支払業務をサポートすることで、火災保険における不正請求対応の高度化と保険金支払業務の品質向上を実現しています。
<参照>
住友生命プレスリリース「生成系 AI を活用した新たな顧客価値創造や生産性向上の取組み」
明治安田生命プレスリリース「生成AIを活用した社内業務の効率化・高度化の取組開始について 」
東京海上日動火災保険株式会社プレスリリース「AI を活用した火災保険における不正請求の早期検知の取組み 」
(2) 顧客体験・サービス向上
次に注目されているのが、AIを活用した顧客体験の向上です。24時間対応可能なチャットボットの導入や、パーソナライズされたレコメンデーションなど、顧客満足度向上につながる取り組みが増えています。
第一生命保険は顧客体験の変革を目指し、生成AIを活用したチャットサービス「ICHI-to-Chat」のビジネス実証を2024年5月16日から6月6日の期間にLINE公式アカウントにて実施いたしました。
また、損害保険ジャパンは対話型 AI を導入し、コールセンター業務の効率化・顧客満足度向上を図っています。
明治安田生命は顧客からの問い合わせに24時間365日対応する対話型自動応答サービスとして、「デジタルヒューマン」を導入しました。このサービスは、顧客の音声を認識し、まるで人間と対話しているかのようなリアルな体験を提供します。従来のAIチャットボットによる文字入力での対応に加え、音声での問い合わせにも対応することで、文字入力が苦手な顧客のニーズに応えます。
<参照>
第一生命プレスリリース「生成AIを活用したチャットサービス「ICHI-to-Chat」のビジネス実証を実施 」
明治安田生命プレスリリース「『デジタルヒューマン』による対話型自動応答サービスの開始について」
(3)リスク評価・査定
保険業の根幹であるリスク評価・査定にもAIの活用が進んでいます。大量のデータを分析することで、より精緻なリスク評価が可能になっています。
三井住友海上火災保険はAIを活用し交通事故の発生リスクを評価・可視化する「事故発生リスクAIアセスメント」全国版の販売を開始しました。
東京海上日動火災保険では、自動車事故の修理見積書点検業務にAI画像認識技術を用いて、自動車の損傷画像と修理見積書を照合・AIが損傷箇所、程度、修理方法の妥当性を判定し、修理時間の算出を行っています。
<参照>
三井住友海上プレスリリース「『事故発生リスクAIアセスメン』』全国版の販売を開始 」
東京海上日動火災保険プレスリリース「AI 技術を活用した自動車事故の修理見積書点検の取組み」
2.AI活用事例

(1)住友生命保険:AIを活用して営業を深化
住友生命保険は2024年9月、ExaWizards社と協力し、営業職員の顧客情報管理システムにAIを導入することを発表しました。11月25日から全国の営業職員約3万人を対象に運用を開始し、顧客情報の管理・把握精度を向上させ、営業活動の質を高めることを目的としています。
AIは、営業職員の活動データを分析し、顧客対応のリマインドや提案を行うほか、顧客とのコミュニケーションを円滑にするためのアドバイスや、活動状況に応じたお礼状の作成を支援します。また、全国約1500拠点の営業職員に対して、AIを活用した均質な育成指導を提供します。
住友生命は、このシステムにより、顧客のニーズに合わせたサービスの提供を強化し、営業職員の育成と定着を促進します。そして、顧客のウェルビーイングに貢献し続ける体制を構築することを目指します。
<参照>
住友生命保険プレスリリース「営業職員育成の変革に向けた AI 顧客情報管理システム導入について」
(2) 日本生命保険:AIによる生産性の向上
日本生命は、生成AIを活用した業務効率化の実証実験を2024年度内に10案件実施し、内勤職の業務量30%削減を目指しています。高齢化による労働力不足を背景に、同社は生成AIを業務補助ツールとして本格導入する方針です。
具体的には、大量の法律情報の照会や帳票チェックの自動化、会議議事録や提案書作成の効率化などを想定。米マイクロソフトの「コパイロット」を用いた実証実験では、1日あたり平均18分の業務時間削減効果を確認しています。
AI技術の導入により、従業員の生産性向上と顧客体験価値向上、新規事業創出を目指しており、29年度までに内勤職の業務量30%削減を目標に掲げています。
<参照>
(3)第一生命保険:対話AIアバター
第一生命保険はAI集約型フレームワーク「デジタルバディ」と、対話型アバターのデジタルアシスタント「ICHI」(いち)に注力しています。AIを活用して顧客に対する提案力を強化し、顧客との接点で満足度を高めることを目的としています。
さらに、エクサウィザーズ社のAIサービス開発環境「exaBase Studio」のプライベートクラウド版を導入し、セキュアな環境下でのAI活用を推進します。「exaBase Studio」は、AIアプリケーションの内製を支援する開発環境で、金融機関をはじめ様々な企業で採用されています。プライベートクラウド版では、顧客企業のセキュリティポリシーに合わせた運用や、社内システムとの連携、重要データの活用が可能となります。
<参照> 東洋経済「ここまで来た!先端AIで劇的に変わる「保険業務」」
エクサウィザーズプレスリリース「第一生命、AIサービス開発環境「exaBase Studio」の プライベートクラウド版を採用」
(4)明治安田生命保険:アクセンチュアとの協業
明治安田生命はアクセンチュアと2030年3月までのパートナーシップ契約を締結し、生成AI等の先端技術を活用した全社横断的なDXプログラムを開始しました。このプログラムは、職員の生産性と効率性を向上させ、人ならではの価値を最大限に引き出すことを目的としています。
アクセンチュアは、データ駆動型経営基盤を整備し、デジタル秘書の導入等を通じて業務変革を推進。これにより、顧客へのきめ細やかなサービス提供と満足度向上を目指します。また、明治安田が将来にわたりDXを主導できるよう、人財育成も行います。
プログラムの第一弾として、営業職員向けのデジタル秘書「MYパレット」が導入され、顧客属性等のデータ分析に基づく最適なコミュニケーションを支援しています。今後は、全職員向けのデジタル秘書導入も目指します。明治安田生命は、アクセンチュアとの連携により、「人とデジタルの効果的な融合」を実現し、生命保険会社の枠を超えた新たな価値創造を目指します。
<参照>アクセンチュアプレスリリース「アクセンチュア、生成AIなどの先端技術を活用し、明治安田の全社横断的なDXに伴走」
(5) 東京海上日動火災保険:AIを活用した保険商品問い合わせ対応を強化
東京海上日動火災保険は、株式会社PKSHA Technologyと共同で開発した、複雑性の高い保険領域に特化した照会応答システム「AI Search Pro」を導入しました。このシステムは、大量の照会応答履歴データを学習した検索AIと生成AIを組み合わせたもので、PKSHAのソリューション「PKSHA LLMS」を活用しています。これにより、東京海上日動のデータに基づいたアルゴリズムが多段階的に連携し、高い精度を実現しています。
試験運用では、自動車保険の照会応答業務において高い精度が確認され、対象商品を火災保険や傷害保険などに拡大した結果、他の保険商品でも約8〜9割のケースで有用性が認められました。また、社員が1件あたりの回答に要する時間も約4割削減されることが確認されたため、全営業部店および代理店ヘルプデスク等への本格導入が開始されました。
<参照>東京海上日動火災保険プレスリリース「複雑性の高い保険商品に特化した照会応答システム「AI Search Pro」を共同開発」
(6)損保ジャパン:大規模言語モデルを活用
損害保険ジャパンとリコーは、損保ジャパンの保険業務に特化したプライベートなマルチモーダル大規模言語モデル(LMM)の共同開発を開始しました。この共同開発は、経済産業省とNEDOが実施する「GENIAC」プロジェクトの一環として行われます。
LMMは、テキスト、画像、音声、動画など複数の形式のデータを一度に処理できるAI技術です。損保ジャパンは、保険業務に関する規定、マニュアル、Q&Aデータなどを学習させたシステム「おしそんLLM」をトライアル運用中ですが、複雑な図表を含む資料の処理に課題がありました。今回の共同開発では、損保ジャパンが保有する保険の引受規定が記載された図表を含むマニュアルを学習させ、損保ジャパンの保険業務に適したプライベートLMMを開発します。これにより、照会対応業務の時間削減を目指します。
共同開発期間は2024年12月から2025年4月までで、損保ジャパンはデータの提供とLMMの評価・検証、リコーはLMMの開発を担当します。両社は、最先端のテクノロジーを活用し、働く人の生産性向上と新たな価値創出を目指しています。
<参照>損害保険ジャパンプレスリリース「リコーと損保ジャパン、マルチモーダル LLM の共同開発を開始 」
(7)三井住友海上火災保険:MS1 Brainを刷新
三井住友海上火災保険は、代理店支援システム「MS1 Brain」の刷新に、プロダクト分析プラットフォーム「Pendo」を導入しました。AIを活用した営業活動支援の精度を高め、代理店の問い合わせを30%削減するなどの成果を上げています。
従来の課題は、UI/UX改善に必要なデータ分析に時間がかかり、定量的な利用状況把握が困難だったことでした。Pendo導入後は、詳細な利用状況分析とガイド機能の充実により、ヘルプデスクへの問い合わせが大幅に減少。また、データ分析頻度の向上や、ユーザーニーズに基づいた機能強化が可能になりました。
今後は、Pendo AIを活用し、生成AIによる効果的なガイド提示を計画しています。これにより、代理店の業務効率化と顧客満足度向上を目指します。
<参照>Pendo. io Japan株式会社プレスリリース「三井住友海上火災保険株式会社、Pendoの導入でAIを活用した代理店支援システム「MS1 Brain」を刷新」
3.AI導入における課題

(1) データ品質・整備の課題
AIの性能は、学習データの品質に大きく依存します。しかし、多くの保険会社では、長年にわたって蓄積されたデータが部門ごとに分断されていたり、紙ベースで管理されていたりするなど、データの統合や品質に課題を抱えています。
AI導入の前提として、社内データの棚卸しと品質向上、そして部門横断的なデータ活用の仕組み作りが重要になります。
(2)セキュリティとプライバシーの課題
保険業界は、顧客の機微情報を扱うため、AIシステムのセキュリティやプライバシー保護は特に重要な課題です。生成AIの活用においては、顧客データの外部流出リスクや、不適切な処理によるプライバシー侵害のリスクが懸念されます。
適切なセキュリティ対策と、個人情報保護に配慮したAI活用方針の策定が必要です。
(3)人材育成と組織文化の課題
AIの効果的な活用には、技術を理解し運用できる人材の確保と、デジタル技術を受け入れる組織文化の醸成が欠かせません。しかし、保険業界は伝統的な業界であり、デジタル人材の確保や既存社員のスキルアップ、そして組織文化の変革には時間がかかります。
長期的な視点でのAI人材育成と、トップダウンによるデジタル文化の浸透が重要です。
(4)説明責任と透明性の確保
保険業界でAIを活用する上で、特に重要なのが「説明責任」と「透明性」の確保です。例えば、リスク評価や保険金支払い査定にAIを活用する場合、その判断プロセスが説明可能であることが求められます。
AIの「ブラックボックス」問題を解消し、顧客や規制当局に対する説明責任を果たせるシステム設計が必要です。
(5)レガシーシステムとの統合課題
多くの保険会社は、長年にわたって構築・運用してきたレガシーシステムを抱えており、最新のAI技術との統合には技術的な障壁が存在します。基幹システムの刷新なしにAIを導入しようとすると、データ連携の複雑化やシステム間の整合性維持などの課題が生じます。
まとめ

本記事では、保険業界におけるAI活用の現状と可能性、そして導入における課題について、国内大手保険会社の事例を交えながら考察してきました。AIは業務効率化だけでなく、顧客体験の向上、リスク評価の精緻化、新商品開発の促進など、保険ビジネスの本質的な価値向上に大きく貢献する可能性を秘めています。
一方で、データ品質の課題、セキュリティとプライバシーの問題、人材育成と組織文化の変革、AIの説明責任と透明性の確保、そしてレガシーシステムとの統合など、乗り越えるべき課題も少なくありません。
これらの課題を克服し、AIの可能性を最大限に引き出すためには、以下の点が重要になるでしょう。
1. 経営層のコミットメントと明確なビジョン:デジタル化・AI活用を経営戦略の中核に据え、長期的視点での投資判断と組織変革を推進する
2. 段階的かつ実践的なアプローチ:小規模なプロジェクトから始め、成功体験を積み重ねながら徐々に適用範囲を拡大していく
3. 顧客中心のAI活用:単なる業務効率化ではなく、顧客体験の向上や新たな価値提供につながるAI活用を優先する
4. エコシステムの構築:社内だけでなく、スタートアップやテクノロジーベンダーとの協業を通じて、最新技術やノウハウを取り込む
5. 倫理的・法的側面への配慮:AIの公平性や説明責任、個人情報保護などの倫理的・法的側面に配慮したシステム設計と運用体制の構築
今後、AIの発展に伴い、保険業界のビジネスモデル自体が大きく変わっていく可能性もあります。リスク予測の精緻化による保険料のパーソナライズ、リアルタイムでのリスクモニタリングと予防サービスの提供、そして完全に自動化された保険金支払いプロセスなど、AIがもたらす変革の可能性は限りなく広がっています。
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